kaoriya diary

『暮らしの中に香りを…』日々アロマな生活をする花織り屋(kaoriya)セラピストブログです。

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支援のかたち 続き

先日、このブログで子どものための支援物資のお願いをいたしました。
私の友人、ネットを通しての友人の皆さまから、たくさんの支援物資を頂きました。

物資をお届けした Y様 からお礼のメッセージが届いております。

連絡先のわかる方にはお知らせいたしましたが、友人の友人…と広がり、とてもおおきな支援となりました。
また、被災地の実際の現状を皆さまにも知って頂ければと思い、ここでご紹介させて頂きます。


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この度は、大変多くの皆様にご協力を頂きまして、誠に有難うございました。
物資や義援金などのご協力以外にも、周りの皆様にもお声掛けをして頂いたことと思います。
重ねて、深くお礼を申し上げます。

また、メールやFacebookでのメッセージ等も頂きまして有難うございました。
個別にお礼をする時間がなく、放置してしまっております。
また、全ての皆様のお荷物の到着確認が出来ず、申し訳ございませんでした。
ピーク時には一日に1,000件を超える荷物が到着し、
ボランティア20人程度の方々に、開封から仕分けまでお手伝いを頂いたので、
私個人が一件ずつ、到着した物資の名前の確認作業が,とても出来る量ではありませんでした。


多くの方々にご協力を頂きましたこともあり、
現場を見て来た人間が、きちんと現状をお伝えすることもまた、
ひとつの使命ではないかと思っておりますので、
こちらのメールでご報告をさせて頂きたいと思います。


報道されない、実際の被災地の内容を鮮明に書きます。
無理そうな方は、これから先はお読みにならずに、
削除されてください。

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私は、地震発生後の2日後、13日から千葉県旭町に入りました。

旭町では遺体、動物の死体の確認や発見作業、
負傷者の方々を搬送するまでのお手伝い、
瓦礫撤去や物資運搬等の全てのことに従事しました。

到着当時は地震二日目ということもあり、
多くの動物の死体が散乱し、死体も転がっている状態でした。
まだ海水も町から引いていませんでした。
町中に瓦礫が散乱し、異臭が漂い、まさに地獄絵図です。

瓦礫の中から聞こえるうめき声を探し、
動物の動く姿を捉え、一人でも、一匹でも多くの生存した生き物を探すことが先決でした。

ご存知の通り、被害の大きさは東北地方の方が段違いということで、
千葉県旭町には自衛隊が派遣されていませんでした。
そのため、二日後に到着した、私を含めた数名のボランティアが、
地元民に混ざって、本来は自衛隊が行うべきであろう作業等もおこなったのです。


もちろん素晴らしい生存を発見する機会も多くありました。
犬猫を発見し、ゲージにいれ、安全な場所まで手で運び、
えさや水を与えて私たちが懸命に介護をしました。
動物達も震災のショックがありましたので、落ち着くまでそのまま数日観察し、
元気を取り戻したタイミングを見て、歩いて二時間程の町中にある
動物病院に運びました。私たちのチームだけで50匹前後の動物を救出できました。


旭町での活動に区切りをつけた後、次は北茨城に向かいました。
ここも千葉県同様、震災の陰に隠れた地域で、
物資も人も完全に不足していました。
ここでは主に救助された動物のケア、瓦礫撤去の作業を手伝いました。
この時は既に福島原発の問題等も大きく取り上げられていたので、
旭町では38人体制で組んでいたチームも、20人程度に減っていました。


北茨城での活動に続いて、今度は福島県に入りました。
この時は皆様ご存知の通り、被災した子供のケアを目的としたため、
子供物資を多くの方々からご提供頂きました。

避難所生活も長くなれば、子供だって日々の生活に飽き飽きします。
喧嘩も増えますし、空腹でいら立ちます。
ストレスを解消させるために、「自衛隊が絶対に運ばないもの」として、
子供物資を集めました。


集めた物資は福島県のいわき市を中心に、
避難所の子供以外にも、個人宅や集会所に寝泊まりしていた子供達にも
渡しました。


余談ですが、福島県から出る時に、スクリーニングを受けました。
チーム全員大丈夫でした。


福島県に続き、今度は宮城県に入りました。


私が向かった先は、「宮城県宮城郡七ヶ浜町」という所です。
松島の近く、景観の素晴らしい観光地として有名な場所だそうです。

私を含めた7人のチームで、2トントラックとハイエースのロングバン2台で、
夜中に都内を出発、7時間かけて現地に向かいました。
この時にもまた、多くの皆様に救援物資を頂きました。


私はここでも、報道されない現状を見ました。

私たちは避難所に物資を置いてきませんでした。
過去の経験上、避難所は報道と自衛隊が行き渡っているということで、
確実に物資が余剰になっていることを知っていたからです。
私たちが目指したのは、「在宅難民」の方々を支援することです。

報道で見る避難所というのは、基本的に家が全壊した人しか入ることができません。

そしてまた、皆様がご存知の救援物資というのは、企業や都庁等で集めた後、
各地自体を通して災害本部に運ばれ、そこから自衛隊が「避難所」に運びます。
避難所に運ばれた物資というのは、現実には避難所以外の人には一切配りません。
何故なら、行政が管理しているからです。

家が残ってしまった人は、避難所に行っても物資は貰えません。
残った家と言っても、泥と瓦礫がうずたかく運び込まれ、
「木枠」が残っただけで住めるという状況ではないのに。それでも避難所では受け入れを拒否します。

つまり、家が残ってしまった人、「在宅難民者」の方のほうが、窮地に追い込まれてしまうのです。

私が宮城県に入ったのは地震発生から既に3週間目です。
それなのに、私は物資が一度も来ていない地区を沢山見ました。

一番ひどかった地区では、
5日前に、漁港に流れ着いたパンを食べた。

3日前から何も食べる物が無くなってしまって、
今日は猫と一緒に、猫の缶詰を4人で分け合おうと思っていたよ。

昨日、泥の中からパンを見つけたから、周りの泥を取って食べたんだよ。

という地区でした。壮絶です。
3週間もの間、泥と瓦礫の中になんとか建っている、掘建て小屋のような所に、
多くの人がひしめき合い、目の前に広がる海の岸辺に、
毎朝、何か流れて来ていないかと、見に行っていたという生活をしていました。
私たちがトラックを乗り付けた時には、目がギラギラして危険な空気も感じました。
3週間も食べ物がなく、人の手が入っていなかったので、スラム化していたのです。


こんなにひどい状況でも、避難所には入れないので、物資がもらえないのです。
自衛隊も介入していません。
現状では、被害が大きい海に隣接した地区に、こうした場所がゴロゴロありました。

私たちは、トラックいっぱいに生鮮食品やお酒なども積んでいたので、
こうした人々に沢山の物資を置いてきました。

しかし、こうした地区では実際に子供が餓死してしまっていました。
特に1歳未満の赤ちゃんです。
3週間も食事が無ければ、子供は生きることができません。
また、周りの大人もそれを助けることが出来ません、
車も流され、自転車も流され、ガソリンはない、
数キロに渡って全壊している土地で、
何日も食べていない空腹の中で、数時間歩いて、
どこにあるかも分からない食べ物を探して歩くなんて、出来るわけないのです。

せっかく生き残ったのに、生き残ってしまったことが地獄だ。と、
とある地区で言われました。


もし今後、皆様や皆様の周りで地震の被災者への支援、
救援物資や義援金を送る予定、またはそうしていきたいと思っていらっしゃる方がいましたら、
是非覚えておいてください。
行政を通した支援は、避難所に物資を余剰させるだけに留まっているかもしれません。
そしてまた、ボランティアが多くいます。という報道がありますが、あれは幻想です。
ボランティア登録をして活動すると、どうしても安全に行政の縦割りが効いている
避難所で安全な活動以外ありません。

私たちが目指して向かうような小さな地区には、未だにボランティアが一人もいないことが当たり前、
もしくは数人で活動しているだけの場所も、ごまんとあります。
ボランティアも物資も避難所以外は、全く足りていません。


救援物資を送りたい、義援金を送りたい、そう思ったときには、
どうか、私たちのように個人的にトラックを飛ばして回っているような方々を支援してください。
救援物資は、きちんと個人の被災者の方に手渡しされますし、
義援金は、明日食べる食料に代わって届けられます。
報道には出ませんが、個人で活動している人は多くいます。それでも足りていませんが。


これだけの広範囲での被災です、私が地元で聞いただけでも、
復興を諦めて放棄する土地も多いです。
長期的に多くの方の感心と支援が必要になるはずです。
どうぞ今後とも、被災地への復興の為のご協力をお願い致します。


多くの人々に、少しでも多くの食べ物が行き渡りますように。


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ちょうど先日、『支援のかたち』を考えたいとブログにアップいたしました。
行政が仕切る大きな団体ではなく、地道に活動する個人のグループにこそ支援をしていきたい。と。

そしてこのメールを頂きました。

先日物資の協力頂いた友人の方々にはこのメールを転送させて頂きました。
すると、「このような方たちに支援をしたい!」というメッセージも頂いております。

新しく支援のかたちを作ろうという動きもあるそうです。
決まりましたら、またここでもお知らせしたいと思います。


先日のブログでご紹介した看護師さんの被災地での活動も、涙を流しながら読みました。
看護師さんのブログ:
http://blog.goo.ne.jp/flower-wing/e/94df7eade75508d8941e7b3c89203f57

Yさんから頂いたこのメールもそうでした。

関東に比べると関西は震災の影響が少ないです。
でもこの厳しい状況下、現実から眼をそむけず、できることを続けていきたいと思います。



このメールを下さったヤヤクバさんは、個人で被災地で支援活動をされています。
ご支援いただける方は、さかしたまでご連絡下さい。


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うさぎや しょこら

Author:うさぎや しょこら
『暮らしの中に香りを・・・』をテーマに。日々アロマとハーブに囲まれた生活をしております。

関西を中心にアロマ・ハーブ関連の仕事をしております。
セラピスト、インストラクター、アロマ・ハーブのイベント企画などなど・・・

どうぞお付き合い下さいませ。

HPは・・・
http://www.occn.zaq.ne.jp/cugud304/

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